2013年01月09日(水)
朝日新聞be on Saturday『赤峰幸生の男の流儀‘賢く暮らす時代に’2013年1月5日(土)掲載 [朝日新聞掲載記事]
新年明けましておめでとうございます。現在の日本では、大きな経済成長は期待できず、政治も混迷が続いています。ファッション界では、雨後の竹の子のように様々な「トレンド」ができては色あせての繰り返し。ファッションの追いかけごっこもここまで来ると、何を礎に服を着るべきか、迷う方も多いのではないでしょうか。
これまでは、なんでもあるという「百貨」を消費した時代。それが好みの多様化とともに、「五十貨」「三十貨」「十貨」を深掘りする時代に入ったと考えています。使い捨てが行き着いて、賢く、丁寧に暮らしたいという欲求が高まり、質が高い物を長く着ることが見つめ直されているように思います。
信じられる服を、信頼できる販売員から求めたい。できれば、自ら作り消費者に直接手渡すような、作者が見える服が欲しい。買い物なら中身がよくわからない福袋には手を出さず、必要なものを一点ずつ大切に買っていくような感覚です。5年、10年と着込むほどに味が出て、一体感が感じ取れる服をぜひ選び取っていただきたいと思います。
流行は追いかけるのではなく、一つの目安として受け止めることが大切です。欧米の丸写しではなく、日本人としての装いを考えることも求められているようにも思います。「オシャレ」と「洒落る」とは、似ているようで違うものでしょう。
年賀状は、一人ひとりに心を込めて筆を走らせた和紙の手作りと決めています。メールも便利ですが、日本人のけじめとして手書きでしたためる。そんな暮らしをすることが大事だと、改めて考えた年末年始でした。
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*朝日新聞社に無断で転載することを禁止します。
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MEN'S EX 2013年2月号 赤峰幸生の「服育のすゝめ」vol.2 [MEN'S EX 掲載記事]
名作映画に学ぶ服装術 その2
『アーティスト』
ゴテゴテした装飾性ばかりを強調した靴や腕時計、演出過剰のこれ見よがしな着こなし。ファッション業界は疲弊し、短期間で一大勢力を築き上げたファストファッションは、早くも生き残れるのかを議論されています。表面的な流行を造っては捨て、捨てては拾いを繰り返すばかりで確固たる思想が見つからないのです。いつか限界を迎える日がやって来るのでは?拭えない不安が募ります。
今、メンズファッションは進むべき道標を失い、行先には靄が掛かっています。しかしここにきて、一部の服好きたちの間で服飾の原点に立ち返る動きが出始めています。行き過ぎた装飾を排し“引き算の美学”を突き詰めて、正当のクラシックに戻ろうという動きです。
歴史が生み出してきたものの中で、時代を経ても変わらないもの。それこそがクラシックの真髄です。紳士の装いの原点は1920〜30年代に遡ります。今こそ、原点を見直す時期ではないでしょうか。紳士の在るべきスタイルとは如何に。その答えがズバリ、スクリーンに表れた映画がありました。
クラシック服好きも納得するジェントルマンの正しい服装
映画にも原点を見直そうという動きがありました。第84回アカデミー賞受賞作品『アーティスト』です。行き着くところまで行ってしまった現代映画に対する試みであり挑戦でもあるのでしょう。装飾過多な現代映画と真逆をいく、色も台詞も音もない白黒サイレント映画にはマイナスの美学を見ることができます。そして20年代のハリウッド映画をたっぷり見ていないと語れないほど、衣装に対する時代考証がなされていました。
時は1927年、サイレントからトーキーへと移り変わる時代。主人公であるサイレント映画のスター俳優、ジョージ・ヴァレンティンの装いは、シングルブレスト、ピークドラペルの3つ揃い。ノーベントで、生地は目付け400〜430g/uと思われるツイードまたはフランネルです。ナローカラーの襟元は、きゅっと絞ったタイドアップスタイルで、クラシックな裏無しのシンプルなタイを。ノットを小さく結んで持ち上げています。前回も『オリエント急行殺人事件』を題材にして解説しましたが、これこそスーツスタイルの原点です。
一方、撮影所に赴く際にはダブルブレストのジャケットにチェックタイ、キャスケットという着こなし。ここで注目していただきたいのは、現在のカジュアルにあたるシーンでも、オンを少々砕けさせた程度で、あくまでもドレッシーに装っていることです。本来、紳士の装いに“オフ”はありません。男の服の原点はドレスクローズなのです。
『アーティスト』は、歴史を改めて見直したことで、アカデミー5部門に輝く非常に挑戦的かつ正当な作品に仕上がりました。ファッションも然りではないでしょうか。原点を見つめることで、次代を築く足がかりとなるはず。それは単なる懐古趣味ではなく、温故知新というべき大切な服育なのです。
『アーティスト』
2011年ミシェル・アザナヴィシウス監督作品。2012年度アカデミー賞5部門受賞。ハリウッド黄金期、サイレントからトーキーへ、映画の世代交代が行われようとしている。サイレント映画にこだわるあまり、スター俳優ジョージは時代に取り残され、彼が発掘した新人女優ペピーがトーキー映画の花形スターへと登っていく姿に焦燥する。
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2013年01月01日(火)
人心一新 [年賀]
時代の流れは早いもの、多くの情報に翻弄されない為には、人の心の奥にある価値観をまったく新しく改めないと真のクラシックは育まないと思います。その為には五感の五段階フル活用をお薦めします。
樹海にすっぽりと入り込んだ時代だからこそ、まずは自分と正面から向き合って今年を頑張ってまいります。
本年も何卒宜しくお願い申し上げます。
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2012年12月15日(土)
朝日新聞be on Saturday『赤峰幸生の男の流儀‘「トニック」という服地について’』2012年12月15日(土)掲載 [朝日新聞掲載記事]
年末ともなれば会食や会合が多くなります。私が公の席でいつも身に着けるスーツと言えば「トニック」。1957年に仏・ドーメル社の4代目、グザビエ・ドーメルが羊と子ヤギの毛(モヘア)を混紡させて作り上げた素材です。完成を祝して「ジン・トニック」で乾杯したことから、この名が付いたと言います。
そもそもの「トニック」を辞書で引くと、「強壮剤、肉体的精神的に元気づけるもの」とあります。スーツ素材のトニックにはピシッと張りがあり、スチームローラーで表面の粒子を焼くことから渋い光沢を放ちます。日本では夏の素材と誤解されていることもありますが、仕事やハレの席で年中活躍します。パーティーでトニックのグレースーツを身にまとい、白いシャツにブラックタイを締めれば、身も心もバチッと決まります。
トニックは60年代には紳士の正装として欠かせないものとなり、世界で1千万メートル以上が売れたといいます。各メーカーがモヘア混の開発を後追いし、現在でも混紡の比率を変えながら、世界中で愛され続けています。
私は生地を探求する中でグザビエと出会い、英・ヨークシャーの生産現場を訪問するなど、親交を温めてきました。今春、彼が亡くなって日本で開かれたしのぶ会には、ビンテージとなった私のスーツを3着、会場に飾ってもらいました。もう10年以上着ているものですが、重みがあって丈夫な生地の魅力は今なお色あせていません。
「革新なくして未来なし」。その精神は5代目のドミニクにも受け継がれています。スーツを見るとき、そのデザインに目を奪われがちですが、技術の粋を集めた服地にもご注目頂きたいと思います。
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2012年12月10日(月)
MEN'S EX 2013年1月号 赤峰幸生の「服育のすゝめ」vol.1 [MEN'S EX 掲載記事]
名作映画に学ぶ服装術 その1
『オリエント急行殺人事件』
零れ落ちるほどの服を持っていながら、未だお洒落に辿り着けないと仰る方へ。「洒落る」とは生き方であり、着せ替えごっこではありません。服が身体に染み込むほどに装いの真理を極めねば、その境地は遠きまま。服と人が寄り添ったとき初めて、本当のお洒落が身につきます。海外でも通用する本物のお洒落は、日本人の外交にとっても一助となるはずです。
重要なのは「服育」です。それは書道に於ける楷書体を学ぶことに同じです。装いの基礎を身につけてから個性を伴う草書体へ移行する、自分なりに服を着こなす教養を積んでいただきたいのです。しかし教養は一朝一夕に身につくものではありません。良い教科書も必要です。そこで服装で登場人物の人格や生活様式をも描いた、時代考証に優れる映画を観ることをおすすめします。1930年代を舞台に描いた『オリエント急行殺人事件』。ここにはドレスクロージングの原点が詳細に再現されています。
映画の中では衣装もまた雄弁なる台詞である
「彼はツイードを着ていましたが、イギリス人ですかな?」
名探偵ポワロがエリート外交官のアンドレニイ伯爵をこう表した台詞には、当時から“ツイードといえばイギリスが本場”と知られたいたことを表しています。本物のイギリス人はショーン・コネリー扮するアーバスノット大佐です。列車に乗り込む前のイスタンブールではツイード調のノーフォークジャケットにニッカボッカー姿ですが、オリエント急行の車内では英国伝統のスーツを着ています。目付け450g/u程度と思しきヘビーウェイトな三つ揃いに、丸襟のピンホールカラーシャツ。タイはやや細身で芯無しのもの。そして腰には懐中時計。これはまさしくスーツスタイルの原点です。被害者の秘書・マックイーンを演じたアンソニー・パーキンスは、エンブレム付きのブレザーにアーガイルのニットベスト、グレーパンツという出で立ち。これは当時のアメリカ人青年らしくスポーティな着こなしといえるでしょう。当のポワロはフランス人と見紛われるほど隙のない洒落者ベルギー人として描かれました。アカデミー衣装デザイン賞にもノミネートされた本作では、登場人物の服装が物語と映像に深みを与え、彼らの個性、性格までもがより明確に浮き上がるよう考証されています。
服と人とが一体化すれば本当のお洒落が身に付く
装いが単なる着せ替えに陥ると、服は人と乖離します。これでは高級ブランドの服を着ても、決してお洒落には見えません。それ故、スクリーンの中で、生活と服装とが強く結びついた乗客たちはお洒落に見えるのです。残念なことに現代はドレスコードの垣根が曖昧なことが多く“正しい服装”を知らない大人も少なくありません。いつまでも服に翻弄され流行に左右される理由がここにあります。正しい装いの教養を身につければ、もう服に振り回されることはないというのに。
1930年代の紳士の装いを忠実に再現した本編。英国軍人の隙のないスリーピーススーツ、アメリカ人青年のスポーティなブレザー姿、軍服由来の鉄道職員の制服、そしてエキセントリックなまでに洒落者の名探偵ポワロの寝間着まで、現代の紳士服の原点と装いの基本を表している。
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2012年12月01日(土)
朝日新聞be on Saturday『赤峰幸生の男の流儀‘コートが気になる季節’』2012年12月1日(土)掲載 [朝日新聞掲載記事]
気温が20度を下回ると、コートの季節。今回は、男のカッコイイコート姿についてお伝えしましょう。
コートは貴族の日常着を起源とするものと、軍服に起源するものの二つに分けられます。特にトレンチコートは、もともと兵隊が雨風をしのぐためのもの。ウエストに絞りがなく、コートの上から幅広のベルトをキチッと締め上げて着用していました。
一方、礼服用のチェスターフィールドコート、スポーツ観戦用のカバートコートやポロコートなどは英国貴族の装いを起源とします。よりドレッシーな要素が強いものだと言えます。
現代はその違いがかつてほど明確ではありませんが、歴史を知って身にまとうことで、より深みのある着こなしが生まれることでしょう。
この冬は素材の値段や円高を映して、海外製品がかつてより求めやすい価格になっていて、チェスターフィールドやアルスターコートのような、ハイウエストで絞られたひざ丈のコートが人気です。一時、「ショートコート」が流行し、これまでもひざ上の丈が主流となってきましたが、少し丈が長くなってひざにかかる程度のものも増えてきました。またチェスターフィールドはダブルブレストの製品が目に付きます。
ここにはクラシックに回帰する潮流が見て取れますが、男性の装いが更にエレガントになり、シックを感じさせる流れだと言えましょう。
そして男のコートの決め手は何と言っても後ろ姿。ウエストの絞りや、長めの丈で腰から裾にかけてゆったりと揺れるフレアが、何とも言えない色気を醸し出しますヨ!
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